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公園の砂場に西日が落ちて
木々の枝は手を翳し
この秋を奪い去ろうという
私は春からずっとこの街を彷徨い続けていた
何も感じない言葉を連ねて
只ひたすらに虚栄を張って生きていた
夜には青白く漂う月に
あなたの香りや音を閉じ込めてみた
この甘い煙草だって私には似合わないし
遺したい言葉だってないのに
砂場ではしゃぐ子供らを見て
自分もかつてあんな風だったのかと怖くなった
この街の冷たい風
私は生き急ぐように早歩きで
ミルクティーも冷めてしまった

私はあなたが欲しかったんだな




嵐の日

あなたの腕に触れる
あなたと同じ香りになる
あなたの虚ろな目を覗き込む
あなたの不安定な心に触れる

その日もあなたは夜中に帰って
わたしに多くのキスをした
二人はワインしか飲まない
あなたの髪を乾かすのはいつもわたしの役目

ベランダには雨粒が音を立て
夜のうちに嵐が来ていた
揺れる木々や雨を照らす街灯は
いつまでも寂しそうに濡れている
すこし前の自分を見ているようだ

朝、あなたの寝顔の側で
嵐はもう去っていた
街灯は消えて、水たまりに空を映す
濡れた木々を照らすこの朝日は
わたしの寂しさと愛おしさを何も知らない
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blanket

すれ違った人からふと香った香水のような、私にとって悪くない匂い。その匂いに脳が、何を思ったのか一瞬のうちに目の前に引き出す出来事。それは、ちょうど今くらいの時期の蒸し暑い東京の夜のことでした。

私の人生においては、到底手の届かないような輝かしい光、美しい人や憧れていた舞台に触れてしまったこと。私のような幼く弱い人間が、その中でほんの一瞬だけ生きることを許されたのです。

だけれどすぐに、それを子供のように手放したくないと泣いて見せたり我儘になる私の愚かしい欲深さは、散々駄々をこねた挙句、そんな一瞬の本当に美しかった全てを無茶苦茶に汚してしまいそうになったりしました。

当然全てを失って、ふて腐れながら生きている今になって思うのは、きっとあれは、どうしようもない私に、神様か誰かが不意に、それも気まぐれにかけてくれた毛布のようなものだったのだと。そんな一瞬は、私のような人間が、ギリギリ希望を持った勘違いを続けて生きていくには、十分すぎるほどの価値がありました。

どうしようもなく生きる私は、今度は自分で毛布を買って夢を見ないと。夏だから、今は薄いブランケットがあればいいのだけれど。

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宵雪

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銀色の雪に
ありとあらゆるものが吸収され
耳が塞がれる
私はその日も抜け出して
雪の舞い荒ぶ街灯や
赤と黄に点滅する交差点を抜け
真冬の川辺にたどり着く

やっと見つけた音を
覗き込むように抱き寄せると
ふいにこの宵闇が見せたのだ
いつの日か
この寂しい川と私は
一つの霊
一つの影になるだろうと

ああどうして
雪の降る夜はいつも
空が赤いの


isomytal

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いつも怯えて
帰るまで 音で
夢だとわかる ここが家ではないこと
こんなに怖れ 隠れ 避けて 憎んで 愛した 
あなたと向き合うこともせずにいたけど 
もう遅い
あなたが消えるまで 待ってくれない
私の欲深さ 疑われるとすぐに泣いて
無邪気に求める 叱る 叱る
このままだと犯罪者よ
失敗したんだ
私の欲深さ あなたは全て許した
マリーのように慈悲深く
いつも一人で泣いていた
例えばあなたを 人だと思えていたら
例えばあなたに 優しくできたら
歪な怒りの矛先 お前の眼を貰う憎しみ
取り留めもない時間
掴み所のない優しさ
つまりは不器用なの わかっていた
だけれど私は犯罪者 あなたに従えない
そしたら気づいた 夜は訪れ煙を捧ぐ
まるで永遠のように
長く暗く蒸し暑いのだ
二つ先の角を曲がると 土砂降り
ああこの匂い 私が待っていた夜だ
光 煙 月 テレビ キャベツ 風邪 警察 歌
眠れずに走り出す
髪が伸びた18歳で
不思議なことを追う
この世の火星まで
血だらけの歌を見たホテル
見知らぬ土地で眠りから覚めずに
伝えられないでいた
あなたはまだ私を誤解しているだろう
昔のことは忘れよう
同じ頭のあなたと狂う
千鳥足で歌を聴く
ノートを無くした
大事なあなたからの手紙
全てを止めて救い出した
全てを止めて救い出したのに
初めて傷つけた
世界が溺れ苦しみ泣き出しそう
解放しなさい救えず私は
あなたから借りた本
悲しい犬の本
水の本
薬を挟んだ 真似をして
ベランダに座ると
明日が来た 真っ黒な明日が
やあそしたらこの包丁で
お前なんて切り裂くぞ
タバコを吸って泣いていた
これで終わり
忍ばせて 星を数える
川辺の辺り
時計を捨てた
朝の4時 橋の下で20歳 
ばかだなあ
飲んで忘れた 超えた 忘れた
覚えてないことだけ篩にかけて
やりとりを思い出す
まるでスパイラルアップの画
川のように流れ行く血管に沿って
心を説く人が狂った私を見た
そうだ夕暮れもあった
こちらのベンチに私がいて
砂場を挟むと幼い私
どちらも私なのに
どうして
枝分かれした悩みから葉が落ちるのを見た
この夜汽車で甘い香りがして眠れない
大荒れの海沿い 厳しい気候
海は私がすべきことを諭し
決断するべき時を教えない
どこでも間違えられるということを
気づいた時には私は死んだよ
雪のように冷たい指先に
触れる
嘘みたいな瞬間だけ
経験したことと昔見た夢の中の東京
間違えて触れてしまっただけ
それなのに
それなのに
そこからは酷い もう酷いんだ もう酷いのさ 酷い 酷いもんだ
もういいんだよって
死んで欲しかった人と、死んで欲しかった人と
会いたくなかった人と、愛してなかった人と
愛してた人と、謝りたい人と
もういいんだよって もういい
まだ可能性があると思えて
もういいのに 
こんなに憎んだあなたが去るなら
死ねばいいのに
雪みたいにあっという間
溶けて無くなあれ








Aと私の続き

あまり続いて書くようなこともないのだけれど、続きます。

Aは私がいないと眠れないので、一緒に眠れる日には、それまで眠れなかった分たくさん眠る。疲れ果て、倒れるように。そういえば、最初の頃Aは私と一緒にいて眠っても、途中で過呼吸になって、良く飛び起きていたな。こっちもつられて飛び起きる。背中をさすって声をかけると、しばらくすると落ち着くのだが、決まって私の名を呼び「どこにも行かないで」と、か細い声で抱きしめてくるのだ。抱きしめ返して、また眠れるまで背中をさすってやる。最初の頃は本当にこれの繰り返しで、当然私も眠れずに辛かったな。けれど、私がしていることでAが救われるなら、というより目の前で苦しんでいるこの人を救えずに私に生きるている意味はあるのか、という思考だった。あとの、めんどくさいことは思い出さない。

その日は、Aと水族館に行く約束をしていた。二人とも昼過ぎに目が覚める。私たちの住む街はなかなかの田舎で、都会に出るまでに1時間、そこから水族館まで1時間電車を乗り継がねばならなかった。夏の日、空は曇り。Aはよく切符をなくすらしいので、電車に乗るときは私が預かった。思えば、こうして二人でどこかへ行くということも滅多になかった。水族館…どうして水族館に行こうと思ったのか、どちらから誘ったのか、もう覚えていない。けれど覚えていることが一つだけある。

電車を乗り継いで水族館に向かう途中で、急な土砂降りにあった。本当に強い雨。一緒にいるときはテレビなんてまず見ないから、雨が降るなんて知らなかった。ひどい土砂降りでホームが濡れていた。改札を抜け、乗り換えの電車が来るホームへ向かう途中、Aの顔色がとても悪そうで、しんどそうだった。そして、その場に倒れこんだ。私は焦って、どこか具合が悪いのか聞くと、頭が割れそうに痛いと言う。どうしたらいいかわからなくて、ただAの歪んでいく表情を見て狼狽えていたら、痛み止めを買ってきてくれと頼まれた。知らない街で薬局を探し回る。とにかくは駅の医務室でAを寝かせてもらい、横になって待っててもらう。その間、見知らぬ街の土砂降りの中で薬局を探した。けれど、薬局は見つからなかった。

医務室で少し横になったAは歩ける程度には回復したので、そこからはタクシーでAの家まで帰る。まだAの足取りは覚束ない。家に着き、二人ともソファーに倒れこむ。Aの部屋には真っ赤なソファーが置いてある。ゴツゴツした皮の座り心地が悪いやつ。Aにブランケットをかけてやる時、ごめんねと謝られた。今日の体調不良の原因は手術もしなきゃならないような重大な問題がAの中にある、そんなこともAに今更仄めかされた。だけれど私はもう、そんなことどうでもよくて、これ以上Aの手助けになるようなことをする必要があるのか?疲れ果てた私は、どうしてこんなに優しくするのかとAに聞かれても、答えられないでいた。本当はわかっていた。本当に悲しむ人に自分の中途半端な正義を使っては見たものの、本当の意味で自分を犠牲にすることはできない。私は中途半端に救いの手を差し伸べて、満足したら手を離す。私の優しさは、一番の悪だったのだ。

それで、決定的な別れだったはずだし私もそのつもりでいたが、現実にはことあるごとにずるずるとAとはそんな関係をその後も何年か続けていた。本当に辛く酷いものだった。何度も何度も約束をしては裏切りを繰り返し、いつの間にか疎遠になった。

書き出すと取り留めもなかった。私は酷くAを傷つけた。
Aと私の記憶。めんどくさくなって、途中で書く気も失せた。二人にしか分からなくていいことだった。

Aと私

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ある日、私が勤めていた店に、Aは1人で客として来た。格好からして、恐らくは同業であるとわかった。朝までやっているうちの店に来る前に、相当飲んでいたらしく、足取りも目つきもふらふら。
カウンターに着くなりAは、とにかく甘いカクテルが飲みたいと私に言った。私は当時覚えたばかりだった「ジェイド」という青いカクテルを作った。ピーチのリキュールをカルピスソーダで割って、ブルーキュラソーを垂らして青くしたお酒。客に振る舞うのは初めてだったが、Aはそれをとても気に入ってくれた。それからしばらく話を聞いていると、どうやら年齢は私のひとつ上で、大学で陶芸を専攻しているらしい。住んでいる所も私の家の近所だった。その後も何度かうちの店に通うようになり、店長に気に入られたAは、掛け持ちでうちの店でもアルバイトをすることになる。同業と言っても、Aは水商売勤めが長く、酒を作るのが上手いし強い。強いというか、客から酒を勧められどれほど飲んでも、客への接客や気遣いが上手かった。いつもニコニコしているし、すぐに常連たちに打ち解けていった。

Aと私は同じような悩みを抱えていた。当時病み上がりで、リハビリ目的で働き始めた私は、まだあまりにも目が死んでいたので、ある時Aの方から不眠や摂食障害で悩んでいること、その手の話を振ってきてくれた。お互いにハタチそこそこで若かった。それゆえに端的な悲しみや悩みを、すぐに共感し合うことができた。

そんなある日、私は朝方仕事が終わり、シフトのことでAに連絡を入れると、すぐにメールが返ってきた。何故か、助けてほしいという鬼気迫った文面が返ってきて、私はもう気が動転してすぐにAの家へ向かう。ドアを開けると、Aはソファから落ち、倒れていた。過呼吸で苦しそうにしているAが泣いていた。

Aの大学は夏休みに入ったばかりで、その日も蒸し暑い真夏日だった。そして、起きたら一緒に水族館に行く約束をしていた。二人でまともに出かけるのは初めてのことだったかもしれない。お互い仕事やら課題の制作で忙しく、おまけに二週間前にはAの父親が脳梗塞で突然倒れた。幸いにもその後、意識を取り戻したようだが、数日付きっきりで看病していたAは、帰ってくると少しだけ憔悴して窶れていた。
その頃のAは、私がいないと眠れなくなっていた。不眠と過呼吸が酷く、一晩中背中をさすり根拠の無い「大丈夫だよ」をかけ続けるしかなかった。宥めてから私はいつも、Aの希望の子守唄を唄い、強く抱きしめる。そんな日々を続けていたら、Aは私と一緒にいる夜だけ眠れるようになったのだ。私もその寝顔を見ると、すぐに眠気が襲ってくる。しかし、Aとは恋人ではなかったし、私にもAにも当時付き合っている恋人がいた。当然セックスもしなかった。一緒にいる理由は、Aは安心と眠りを求めて、私はそんなAを救える正義感と自己満足に溺れるため。お互いの恋人では満たし得ないことを与え合う、都合のいい関係だった。

本当はAが眠った後にキスをしたことがある。眠りに落ちて安心した頰に、何度も。


眠くなってきたので続きはまた今度。