Aと私

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ある日、私が勤めていた店に、Aは1人で客として来た。格好からして、恐らくは同業であるとわかった。朝までやっているうちの店に来る前に、相当飲んでいたらしく、足取りも目つきもふらふら。
カウンターに着くなりAは、とにかく甘いカクテルが飲みたいと私に言った。私は当時覚えたばかりだった「ジェイド」という青いカクテルを作った。ピーチのリキュールをカルピスソーダで割って、ブルーキュラソーを垂らして青くしたお酒。客に振る舞うのは初めてだったが、Aはそれをとても気に入ってくれた。それからしばらく話を聞いていると、どうやら年齢は私のひとつ上で、大学で陶芸を専攻しているらしい。住んでいる所も私の家の近所だった。その後も何度かうちの店に通うようになり、店長に気に入られたAは、掛け持ちでうちの店でもアルバイトをすることになる。同業と言っても、Aは水商売勤めが長く、酒を作るのが上手いし強い。強いというか、客から酒を勧められどれほど飲んでも、客への接客や気遣いが上手かった。いつもニコニコしているし、すぐに常連たちに打ち解けていった。

Aと私は同じような悩みを抱えていた。当時病み上がりで、リハビリ目的で働き始めた私は、まだあまりにも目が死んでいたので、ある時Aの方から不眠や摂食障害で悩んでいること、その手の話を振ってきてくれた。お互いにハタチそこそこで若かった。それゆえに端的な悲しみや悩みを、すぐに共感し合うことができた。

そんなある日、私は朝方仕事が終わり、シフトのことでAに連絡を入れると、すぐにメールが返ってきた。何故か、助けてほしいという鬼気迫った文面が返ってきて、私はもう気が動転してすぐにAの家へ向かう。ドアを開けると、Aはソファから落ち、倒れていた。過呼吸で苦しそうにしているAが泣いていた。

Aの大学は夏休みに入ったばかりで、その日も蒸し暑い真夏日だった。そして、起きたら一緒に水族館に行く約束をしていた。二人でまともに出かけるのは初めてのことだったかもしれない。お互い仕事やら課題の制作で忙しく、おまけに二週間前にはAの父親が脳梗塞で突然倒れた。幸いにもその後、意識を取り戻したようだが、数日付きっきりで看病していたAは、帰ってくると少しだけ憔悴して窶れていた。
その頃のAは、私がいないと眠れなくなっていた。不眠と過呼吸が酷く、一晩中背中をさすり根拠の無い「大丈夫だよ」をかけ続けるしかなかった。宥めてから私はいつも、Aの希望の子守唄を唄い、強く抱きしめる。そんな日々を続けていたら、Aは私と一緒にいる夜だけ眠れるようになったのだ。私もその寝顔を見ると、すぐに眠気が襲ってくる。しかし、Aとは恋人ではなかったし、私にもAにも当時付き合っている恋人がいた。当然セックスもしなかった。一緒にいる理由は、Aは安心と眠りを求めて、私はそんなAを救える正義感と自己満足に溺れるため。お互いの恋人では満たし得ないことを与え合う、都合のいい関係だった。

本当はAが眠った後にキスをしたことがある。眠りに落ちて安心した頰に、何度も。


眠くなってきたので続きはまた今度。