Aと私の続き

あまり続いて書くようなこともないのだけれど、続きます。

Aは私がいないと眠れないので、一緒に眠れる日には、それまで眠れなかった分たくさん眠る。疲れ果て、倒れるように。そういえば、最初の頃Aは私と一緒にいて眠っても、途中で過呼吸になって、良く飛び起きていたな。こっちもつられて飛び起きる。背中をさすって声をかけると、しばらくすると落ち着くのだが、決まって私の名を呼び「どこにも行かないで」と、か細い声で抱きしめてくるのだ。抱きしめ返して、また眠れるまで背中をさすってやる。最初の頃は本当にこれの繰り返しで、当然私も眠れずに辛かったな。けれど、私がしていることでAが救われるなら、というより目の前で苦しんでいるこの人を救えずに私に生きるている意味はあるのか、という思考だった。あとの、めんどくさいことは思い出さない。

その日は、Aと水族館に行く約束をしていた。二人とも昼過ぎに目が覚める。私たちの住む街はなかなかの田舎で、都会に出るまでに1時間、そこから水族館まで1時間電車を乗り継がねばならなかった。夏の日、空は曇り。Aはよく切符をなくすらしいので、電車に乗るときは私が預かった。思えば、こうして二人でどこかへ行くということも滅多になかった。水族館…どうして水族館に行こうと思ったのか、どちらから誘ったのか、もう覚えていない。けれど覚えていることが一つだけある。

電車を乗り継いで水族館に向かう途中で、急な土砂降りにあった。本当に強い雨。一緒にいるときはテレビなんてまず見ないから、雨が降るなんて知らなかった。ひどい土砂降りでホームが濡れていた。改札を抜け、乗り換えの電車が来るホームへ向かう途中、Aの顔色がとても悪そうで、しんどそうだった。そして、その場に倒れこんだ。私は焦って、どこか具合が悪いのか聞くと、頭が割れそうに痛いと言う。どうしたらいいかわからなくて、ただAの歪んでいく表情を見て狼狽えていたら、痛み止めを買ってきてくれと頼まれた。知らない街で薬局を探し回る。とにかくは駅の医務室でAを寝かせてもらい、横になって待っててもらう。その間、見知らぬ街の土砂降りの中で薬局を探した。けれど、薬局は見つからなかった。

医務室で少し横になったAは歩ける程度には回復したので、そこからはタクシーでAの家まで帰る。まだAの足取りは覚束ない。家に着き、二人ともソファーに倒れこむ。Aの部屋には真っ赤なソファーが置いてある。ゴツゴツした皮の座り心地が悪いやつ。Aにブランケットをかけてやる時、ごめんねと謝られた。今日の体調不良の原因は手術もしなきゃならないような重大な問題がAの中にある、そんなこともAに今更仄めかされた。だけれど私はもう、そんなことどうでもよくて、これ以上Aの手助けになるようなことをする必要があるのか?疲れ果てた私は、どうしてこんなに優しくするのかとAに聞かれても、答えられないでいた。本当はわかっていた。本当に悲しむ人に自分の中途半端な正義を使っては見たものの、本当の意味で自分を犠牲にすることはできない。私は中途半端に救いの手を差し伸べて、満足したら手を離す。私の優しさは、一番の悪だったのだ。

それで、決定的な別れだったはずだし私もそのつもりでいたが、現実にはことあるごとにずるずるとAとはそんな関係をその後も何年か続けていた。本当に辛く酷いものだった。何度も何度も約束をしては裏切りを繰り返し、いつの間にか疎遠になった。

書き出すと取り留めもなかった。私は酷くAを傷つけた。
Aと私の記憶。めんどくさくなって、途中で書く気も失せた。二人にしか分からなくていいことだった。